仙台高等裁判所 昭和32年(ネ)392号 判決 1960年9月26日
控訴人(原告) 月舘宇右衛門
被控訴人(被告) 仙台国税局長
訴訟代理人 真鍋薫 外二名
原審 仙台地方昭和二八年(行)第一号(例集八巻六号102参照)
主文
原判決を取消す。
控訴人の昭和二五年度分確定申告に対する八戸税務署長の更正決定に対する控訴人の審査請求につき、被控訴人が昭和二七年一〇月二日附でした審査決定はこれを取消す。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、
控訴代理人において
一、控訴人が昭和二五年末のたな卸高を従来八、〇三八、一三四円四〇銭と主張したがこれを訂正し、右のたな卸高が被控訴人主張の六、八七三、七八〇円であることを認める。これにより損益計算をすると、昭和二五年度における控訴人の営業は四九万余円の赤字となるのである。
二、控訴人に対する八戸税務署長の本件更正決定通知書には
申告
収入 支出 差引所得
二二、六〇〇、〇〇〇円 二二、一〇二、〇〇〇円五八 五五八、〇〇〇円
調査
収入 支出 差引所得
三四、五七一、〇〇〇円 三二、四九五、〇〇〇円 二、〇七六、〇〇〇円
とあつたに過ぎない。
所得税法によれば青色申告に対する更正決定や審査決定には理由の附記が必要であり、しかもその理由は、判断の根拠を納税者に理解できる程度に具体的に記載しなければならないのに、本件の更正決定、審査決定には、ともに右程度の理由の附記がなかつたのであるから、被控訴人の本件裁決は違法たるを免れない。
三、本件申告当時施行の所得税法第四六条の二(現行法第四五条)によると、青色申告にかかる所得を更正するには、帳簿書類の調査により誤があると認められる場合に限るものとされている。即ち青色申告の場合の更正決定は、そうでない場合の更正決定とその手続および更正の内容が区別されている。控訴人が青色申告書により申告することとなつたのは昭和二五年六月一日以降分からであるから、本件の更正決定にあたつては、右五月末までの分と六月以降の分とはその手続、内容を異にすべきである。控訴人の右所得の申告、本訴における主張もこれを区別しているのに、これを区別しないでした本件更正決定は右規定に違反するものである。
なお後記被控訴人主張の日附の審査理由追完の書面が控訴人に送達されたことはこれを認めるが、裁決後七年余を経、しかも第一審判決後の追完は許さるべきでない、と述べ(証拠省略)
被控訴代理人において
一、右控訴人の二、の主張は時機に遅れ訴訟の完結を遅延させるものであるから、却下さるべきものである。
二、右控訴人の二、三、の主張事実はこれを争う。
本件八戸税務署長の更正決定には、総売上高、総仕入高、繰越商品高、期末商品高、営業経費、差引総利益高が記載されており、審査決定には、理由として、当初更正決定金額二、〇七六、〇〇〇円は審査の結果相当と認める旨を記載している。右記載はいずれもその理由として不備欠陥がないというべきである。控訴人の主張は、いかなる理由の記載があればいかなる権利侵害を受けずにすんだというのか必ずしも明らかでないばかりでなく、控訴人が控訴審にいたりはじめてこの点の主張をしたことからみても、従来右記載の程度の理由を以て十分であることを自ら認めていたということができる。
三、かりに本件更正決定、審査決定の理由の附記に不備欠陥があるとしても、それは処分自体の適否に影響を及ぼすべきものでない。更正または審査の決定は課税標準、税額を具体的に確定する処分であり、この処分によつて変動を来すのは課税標準、税額のみに限られる。その他の点のかしは処分の取消原因たる違法自由となり得ない。換言すれば、理由附記の欠陥と処分の目的である課税標準、税額の具体的確定との間に実質的因果関係のない限り、理由附記の欠陥は抗告訴訟においては違法事由たり得ないというべきである。理由は処分によつて具体的に確定された課税標準額の説明にすぎないのであつて、右の実質的因果関係があるものといえない。理由の附記は抗告訴訟をもつて救済さるべき目的たる権利利益ではない。理由附記に欠陥があつて処分の適否について判断が困難なときは、右処分により確定された課税標準額を争い救済を求めれば足り、理由附記の欠陥の故に処分の取消を求めるのは迂遠な方法であるからである。
四、かりに右更正、審査決定の理由附記に欠陥があり、そのため審査決定を取消す旨の判決がなされても、被控訴人は判決の要求する理由を附記して前と同じ課税標準額(判決がこの点について更正額を認容した場合)を内容とする審査決定をすることとなる。したがつて控訴人は理由附記の欠陥を根拠として処分の取消を得ても何等利益がないことになり、法律的に無意味に帰する。
五、のみならず、被控訴人は昭和三五年五月三〇日付をもつて本件審査決定の理由を追完し、これを控訴人に通知したから理由附記の欠陥は治癒された。
と述べ(証拠省略)…………たほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
理由
控訴人が洋品雑貨商を営んでおり、昭和二五年五月三一日、所得税法の規定により青色申告の承認申請をなし、昭和二六年二月二八日八戸税務署長に対し、昭和二五年度の所得金額を五五八、〇〇〇円として青色申告をしたところ、同税務署長は昭和二六年一一月九日これを二、〇七六、〇〇〇円と更正し、更正に関する調査は仙台国税局の収税官吏によるものである旨の記載がある通知書をその頃控訴人に送達したこと、控訴人は被控訴人に対し同月二四日審査の請求をしたところ、被控訴人は昭和二七年一〇月七日附をもつてその請求を棄却する旨の決定をしたことはいずれも当事者間に争がない。
そこで先ず、他の争点の判断はしばらくおき、右八戸税務署長の更正決定に、必要とする理由の附記が欠ける旨の控訴人の主張について判断する。
被控訴人は、右主張は時機に遅れ訴訟の完結を遅延させるから却下さるべき旨主張するが、本件訴訟の全経過からみると、これがため特に訴訟の完結を遅延させるものと認め難いから右主張は採用し難い。
当時施行の所得税法(昭和二九年法律第五二号による改正前のものを指す、以下同様)第四六条の二(現行法四五条)によると、所得税に関する青色申告書について更正したときは、更正の理由を附記しなければならず、右更正をする場合は、その帳簿書類を調査し、これにより所得の計算に誤があると認められる場合に限りこれをなすことができることになつている。しかも計算に関して備えつける帳簿書類については、正確を期するため命令の定めるところによらなければならないことになつている(同法第二六条の三)こと等からすると、右の更正は特にその手続、方法を厳格にすることを納税者に保障しているものと認められるから、右理由の附記は単なる訓示的規定でなく、青色申告書更正決定の不可欠の要件をなし、これを欠く更正処分は違法で取消事由を含むものと解すべく、更に右理由の附記は、単に総括的に収入、支出、所得額の総計を示す程度を以てしては足らず、帳簿書類の記載、計算の誤がどの点にあるか、具体的にその根拠を示して摘示することが必要であると解すべきである。右に反する被控訴人の主張はこれを採用し難い。
そこで成立に争のない甲第二二号証と当審証人戸狩公夫(第二回)の証言によると、前記八戸税務署長の更正決定通知書には、その理由として
申告
収入 支出 差引所得
二二、六〇〇、〇〇〇円 二二、一〇二、〇〇〇円五八 五五八、〇〇〇円
調査
収入 支出 差引所得
三四、五七一、〇〇〇円 三二、四九五、〇〇〇円 二、〇七六、〇〇〇円
と示され、それ以上の説明のなかつたことが認められる。被控訴人は、総売上高、総仕入高、繰越商品高、期末商品高、営業経費、差引総利益等が表示されている旨主張するが(これを以て十分であるかどうかは別として)、この点に関する当審証人地村次夫の証言は具体性を欠き採用価値に乏しく、他に被控訴人の主張事実を認めて右の認定を覆すべき証拠はない。
右によるとその理由の記載は単に更正した理由の結論を総括的に示したに止まり、その具体的根拠を欠き、法の要求する理由附記の要件を欠くものと認めるほかないものである。もつとも右理由附記を欠くかしは審査決定の段階において、その決定通知書をもつて前記に掲げた要件が満たされるにいたつたときは治癒されるものと解するのが相当であるところ、本件審査決定にはその理由として「当初の更正決定金額二、〇七六、〇〇〇円は審査の結果相当と認める」旨記載してあることは被控訴人の自陳するところであるが、この程度を以てしては到底前示の要件が満たされたものと認めることができない。(被控訴人は本訴において右の理由を詳細に主張しているのであるが、これを以て右理由附記を欠くかしが治癒されたものと認めることのできないことはいうまでもない。)また被控訴人において、昭和三五年五月三〇日附書面を以て本件審査決定理由を追完し、これを控訴人に通知したことは当事者間に争がないのであるけれども、前記所得税法第四六条の三第一項の規定によると、確定申告書についての更正は、申告書提出期限から三年を経過した日以後においてはこれをなすことができない旨定められており、本件についてみると、青色申告書提出期限である昭和二六年三月一五日から三年を経過した日以後においては更正をすることのできないことが明らかである。したがつて右審査決定理由の追完により、前記更正決定の理由の附記まで追完されるものとみるとしても、これは既に期間経過後の追完でその効力が生じないものと認めるほかなものである。
したがつて八戸税務署長の前記更正決定は理由の附記にかしがある違法のものというべきであるから、これを正当として控訴人の審査請求を棄却した被控訴人の審査決定は、すでにこの点において違法に帰し取消を免れないものであり、これが取消を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものである。なお、被控訴人は更正・審査の決定の理由附記の欠陥のため審査決定を取消す旨の判決がなされても、結局は理由を附記した前と同じ課税標準額を内容とする審査決定をすることになるから、右理由附記の欠陥を理由とする訴は法律上の利益がない旨主張するが青色申告の更正には期間の制限あることは前叙のとおりであり右の期間経過後においては、新たに理由を附記した更正・審査の決定があつても適法にその効力を生じないことは、叙上説示により明らかである。この点からみても直に被控訴人主張の結論となり得ないことはいうまでもないことであるし、本訴は、当審における口頭弁論終結当時において、本件審査決定が違法であるかどうかを判定すべきものであつて将来なされるかも知れない処分を想定して判定を下すべきものではないから、かかる処分を想定して法律上の利益の有無を決することはもとより許されないところである。したがつて右の主張は採用し難い。
よつて右と異る原判決はこれを取消すべきものとし他の点の判断を省略し、民事訴法第三八六条第九六条第八九条にしたがい、主文のとおり判決する。
(裁判官 鳥羽久五郎 畠沢喜一 桑原宗朝)